大判例

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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)1033号 判決

原告

有限会社光芸社

右代表者

藤原肇

右訴訟代理人

吉井正明

被告

学校法人松蔭女子学院

右代表者理事

友枝重俊

右訴訟代理人

四ツ柳浩

主文

一  被告は、原告に対し、六二万一五〇〇円及びこれに対する昭和五五年一〇月九日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因第1項及び第2項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二ところで、被告が原告に対して昭和五五年六月二五日付け内容証明郵便をもつて本件契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示がそのころ原告に到達したことは、当事者間に争いがない。

そして、被告は、右解除は、本件契約に明示的又は黙示的に付されている解除権留保の特約又は信義則上認められる解除権に基づくものであり、仮に右解除権が認められないとしても、原告が右解除を承諾したので合意解約が成立しており、仮に右合意解約の成立も認められないとしても、民法六四一条に基づく解除として有効である旨主張するので、以下、右の各主張について判断する。

1  解除権留保の特約及び信義則に基づく解除権の主張について

本件契約について、原告が銀行取引停止処分を受けた場合には契約を解除することができる旨の解除権留保の明示的な特約が付されていたことを認めるに足りる証拠はない。

ところで、企業が銀行取引停止処分を受けるような場合には、その企業は倒産して営業不能の状態に立ち至つていることが多いことは公知の事実であり、また、〈証拠〉によれば、本件アルバムは被告の設置管理する高校を卒業する女子生徒の卒業記念アルバムであつて、これらの女子生徒にとつては、本件アルバムは生涯の記念ともなる大切なものであるから、もし、これを卒業時に生徒に交付できないようなことがあれば、被告は著しく信用を失墜することになり、従つて、被告にとつては、本件アルバムの製作が不能になるような事態は絶対に避けなければならないことであつたことが認められる。しかし、他方、〈証拠〉によれば、原告は、資金繰りが悪化して高利貸からも融資を受け、昭和五五年六月一八日には手形の不渡りにより銀行取引停止処分を受けるに至つた(この事実は当事者間に争いがない。)が、高利貸しについては、利息制限法による制限超過の利息を元本に充当すれば、過払いになるところもあり、必ずしも営業の継続が不可能な状態にまで立ち至つていたわけではなかつたので、その旨を被告の担当者に説明して本件契約の継続を懇請していたこと及び原告は、被告以外の神陵台中学校外四校との間のアルバム製作契約については、右の銀行取引停止処分にもかかわらず、契約どおりアルバムを製作し、期限までに納入したことが認められ、更に、被告には、本件のような場合を予想して契約を解除しうる旨の特約をあらかじめ付しておくという方途もあつたことを考慮するならば、前記のような事実のみから黙示の解除権留保の特約ないしは信義則上の解除権が存在するものということはできず、他に右解除権の存在を肯認すべき事情を認めるに足りる証拠はない。

2  合意解除の主張について

〈証拠〉によれば、原告代表者は、被告の担当者である右証人が電話で契約解除の連絡をした際、「わかりました。」という返事をしたことが認められるが、〈証拠〉によつても、原告代表者は、その直後ころから再三被告に対して契約の継続を申し入れていることが認められるので、原告代表者の右発言のみから直ちに解除を承諾し、合意解約が成立したものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  民法六四一条に基づく解除の主張について

まず、原告は、前記昭和五五年六月二五日付けの本件契約解除の意思表示は民法六四一条に基づく解除の意思表示を兼ねたものである旨主張する。

ところで、同条に基づく解除は、単純な意思表示で足りるが、少くとも自己の利益のために解除をするものである旨を明らかにしてすることを要するものと解すべきであるところ、〈証拠〉によれば、被告は、「貴社がさる昭和五五年六月一八日付銀行取引停止処分を受けられていますので、これでは卒業生に思い出のアルバムを持たせてやれるかどうかまことに不安なことになりました。」との理由を付して解除の意思表示をしていることが認められ、この事実によれば、被告は、原告の銀行取引停止処分が解除事由に当たるとしているのではなく、むしろ、原告が銀行取引停止処分を受けたことにより、そのアルバム製作能力に不安が生じ、その結果として卒業生にアルバムを交付できるかどうかが不安になつたので、その不安を解消するために解除をするものである旨が表示されているとみることができるから、右意思表示は民法六四一条に基づく解除として有効なものということができる。

従つて、本件契約は、右意思表示により解除されたものというべきである。

三ところで、原告は、被告のした本件解除が権利の濫用であるから、原告の所為は債務不履行又は不法行為に該当する旨主張する。

しかし、民法六四一条の解除権は、注文者の利益のために認められたものであつて、注文者は、解除によつて請負人が被る損害を賠償しなければならないが、自己の必要又は便宜に従つてこれを行使することができるものであるから、銀行取引停止処分を受けてもアルバムの製作は可能である旨の原告の説明が正しく、被告の不安が杞憂にすぎなかつたとしても、それだけで本件解除が権利の濫用となるものではなく、他に本件解除及びその後の被告の所為を権利濫用とみなければならないような事情を認めるに足りる証拠はない。

従つて、原告の右主張はいずれも理由がない。

四そこで、被告が民法六四一条に基づいて賠償すべき損害の額について判断する。

ところで、民法六四一条に基づいて賠償すべき損害は、相当因果関係の範囲内における積極的損害及び消極的損害のすべてをいい、これを具体的にいえば、請負人がすでに支出した費用と仕事を完成したとすれば得たであろう利益を加えたものであると解するのが相当である。そこで、右の見地に立つて本件解除による損害を検討する。

1  校舎及び職員の写真撮影について

〈証拠〉を総合すれば、原告は、本件解除までに右写真を撮影していなかつたことが認められる。

従つて、原告は、右写真に関連して費用を支出したものとは認められない。

2  文化祭及び修学旅行の写真の撮影について

〈証拠〉を総合すれば、原告は、高校の文化祭の際にはアルバイトを延べ四、五人使用して写真を撮影し、また、昭和五五年度の高校の修学旅行にも同行して写真を撮影しているが、これらの写真は、その一部をアルバムに使用することがあるものの、その主たる目的は生徒に販売するためであり、原告は、これらの写真を生徒に販売(販売総額は修学旅行写真が一五〇万円余、文化祭写真が五〇万円余)することによつて撮影のための費用を回収し、利益もあげていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

従つて、原告が右の各写真の撮影に関して損害を被つたとは認められない。

3  クラス写真及びグループの写真の撮影について

〈証拠〉を総合すれば、原告(代表者)は、グループ写真については、一七グループの撮影をしたが、クラス写真については、撮影のために助手を連れて高校を訪れたことがあつたものの、その都度欠席者があつて、結局一枚も撮影していないこと及び原告が右グループ写真の撮影のために使用したフィルムは多くても五巻程度で、その費用は現像及び焼付けの費用を含めても一万円をこえることはないこと並びに原告(代表者)が本件アルバムの製作に関連して昭和五五年四月から本件解約までの間に右写真の撮影及び打合せ等のために高校を訪れた回数は一〇回(前記文化祭及び修学旅行の写真撮影のための日数は除く。)をこえることはなかつたことが認められ、〈証拠判断略〉、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実、ことに原告(代表者)がクラス写真の撮影のために高校を訪れても結局写真は撮影しておらず、その他の場合も打合せ等のための来訪であるから、いずれも一回につき半日以上を費やしたとは考えられないことなどを考慮すると、原告がクラス写真及びグループ写真の撮影並びに打合せ等のために支出した人件費の額は、一〇万円をこえることはないものと認めるのが相当である。

従つて、原告が右写真の撮影に関連して被つた損害の額は、本件アルバム製作の打合せのための人件費を含めても一一万円をこえることはないものと認められる。

4  体育祭、クラブ関係及び思い出の写真について

〈証拠〉によれば、昭和五五年度の高校の体育祭は本件解除時にはまだ行われておらず、また、思い出の写真は生徒から集める予定であつて、いずれも撮影していないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そしてクラブ関係の写真については、原告がこれを撮影したことを認めるに足りる証拠は存しない。

従つて、原告が右写真の撮影に関連して損害を被つたものとは認められない。

5  本件契約によるうべかりし利益について

〈証拠〉を総合すれば、原告は本件契約代金の一割を利益として見込んでいたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告は本件解除により五一万一五〇〇円のうべかりし利益を失つたものと認めるのが相当である。

以上によれば、原告は本件解除により合計六二万一五〇〇円の損害を被つたことになる。

なお、原告は、本件解約により後年度分の卒業記念アルバムの製作が不可能となり、また、アルバムの製作に附随した取引も停止され、これらの取引によつてうべかりし利益を失つた旨主張する。

しかし、〈証拠〉を総合すれば、原・被告間の卒業記念アルバムの製作契約は各年度ごとに別個の契約として締結されていることが認められるので、本件契約と後年度分の卒業記念アルバムの製作契約はそれぞれ別個独立のものであると認めるのが相当であり、この事実に照らせば、本件解除と後年度の卒業記念アルバムの製作が不可能になつたことによる損害との間には相当因果関係があるとはいえない。また、〈証拠〉を総合すれば被告は、アルバム製作契約を締結した業者に対してその他の写真の撮影も多く発注し、文化祭、修学旅行等の写真を撮影して生徒に販売することも、通常その業者に許可していたことが認められるが、これらを発注し又は許可すべきことを原告に約していたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、卒業記念アルバム以外の写真撮影を原告に発注し修学旅行等の写真及び販売を原告に許可するかどうかは、もつぱら被告がその自由な意思に基づいて決しうるものというべきであり、従つて、これらの写真撮影が不可能になつたことによる損害は、本件解除と相当因果関係のある損害とはいえず、原告の前記主張は理由がない。

五以上の次第で、原告の本訴請求は被告に対し、六二万一五〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一〇月九日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (笠井昇)

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